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成功には挫折が必要なのかも

 録画しておいたカン○リア宮殿を6
本ほど立て続けに倍速で見ていて気
付いたことがありました。

 気づいたこと
その1
 最初からトントン拍子に成功したと
ころは少ない。

 成功までの助走期間が長かったり、
業績が上がっても一度ひどい落ち込
みを経験し、そこから這い上がって
いる。

その2
 危機感を持っている

 今調子が良くなってもそれに甘んじ
ない。次の手を考えている。

その3
 人の使い方がうまい

 チェーン展開しているところなど特
に能力差やモチベーションを引き上げ
るための実践的なマニュアルを更新し
続けている。
 そして省力化出来るところはハード
に投資して企業の存在意義に関わると
ころに人の力を集中している。

その4
 どう世の中のために存在しているか
の「志」が高い

 志が高い。給料のためだけでない、
人から必要とされるマズローの欲求段
階説につながるものがある。

その5
 難しいことを、単純化し、視覚化し
、専門的に洗練している。様々な文化
や人種にも対応している。システマテ
ィックに業務についていても、そこに
創造性を産む余地を残している。
 

その6
 自社の強みと弱みを明確に認識し、
自分の土俵で勝負している。


 だいたいこの6項目が共通したこと
になるのではないでしょうか?

マニュアル化なのは、具体的で現場で
使えるものにまでブラッシュアップさ
れています。
 ただ単に作っておかば良いというも
のではありません。

 魂こめて作っていました。

このレベルにまで高めるためには志と
具体的な業務の両面が明確でないと実
現しないでしょう。


トップのビジョンが明確でわかり易い。
そういうわかり易い言葉にできるとこ
ろにまで考え抜かれているのでしょう。
 そして何事も期限を決めて動いている。


 そして、最後にこれだけは言いたい
です。

「現実に目を背けず、必要なことがな
にか見抜く。

 当たり前のことを当たり前にやり抜
いている。」

これは非常に難しいことだと思います。
でもそれができるトップと組織だから
成功があったのでしょう。

今日はこれまで
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[ 2013/11/09 13:34 ] 教養 | TB(0) | CM(17)

すべからく「専門性」は「教養」の上に成り立つのではないか?

まず言っておきたいことは
介護理論や技術は単にそれだけで成り立っているのではない。
個人の今まで育んできたものが反映されるのではないか?
そう思うのです。

だとしたら、
その理論や技術を支えるものとして「教養」が必要ではないか?
と思うのです。

 この「教養」について示唆を受けたのは経済・経営学からです。
介護とは別の分野もけっして無関係ではないですね。

 経営学のドラッカーのマネジメントのなかで教養の重要性を
説いています。
ドラッカーはマネジメントを教養として位置づけ、こう述べて
います。

「マネジメントとは、まさに伝統的な意味における教養である。
知識、認識、英知、リーダーシップに関わりをもつがゆえに、
自由人のものであり、実践と応用に関わりをもつがゆえに実務
に関わるものである。
かくしてマネジメントの地位にある者は、心理学、哲学、倫理
学、経済学、歴史など、人文科学、自然科学の広い分野にわた
る知識と洞察をみにつけなければならない。
それらの知識によって、病人の治療、学生の教育、橋の建設、
使いやすいソフトの設計や販売において成果をあげねばならな
い」(ドラッカー、マチャレロ共著『新版マネジメント』)


もう一人示唆を受けた人がいます。

 脳科学者の茂木健一郎氏は「教養は生きる上での道しるべ」だ
と次のように言っています。

『「教養」とは、一生をかけて必死になって醸成していくべき
ものである。何が起こるかわからない人生において、生きる上
での道しるべをあたえてくれるものである。
それは、万人にとって必要なもの。決して、机に座って本を読
むことによってのみ身につくものではない。私たちが生きる上
で時々刻々経験すること。
その細やかなひだの中から、次第に醸成されてやがて血肉にな
るのが教養である。
~教養を身につけるということは、すなわち、自分がどれくら
いものを知らないかということを自覚しているということであ
る。それでいて、決して投げやりにはならないということであ
る。未知なものに対して、積極的に、かつ真摯に向き合う。
そのような態度を身につけていることが、教養、すなわちコモ
ンセンスなのである。』
(林望、茂木健一郎共著 『教養脳を磨く』より)

こういったことをヒントに「教養」について考えて行きたいと
思います。



介護は対人援助・直接援助のサービスを行います。
三大介護に関連すること~
介助技術(食べる時の姿勢、座っている時、立つ時、歩く時、
寝ている時、寝返りする時、トイレやオムツを換える時、
入浴などの身体介助、認知力が落ちて、不安でたまらない時
の対応、など)の知識。
そればかりでなく倫理学や心理学、医学、死生学、など多彩です。
そしてご利用者・ご家族ばかりでなく他職種とのコミュニケー
ションもあります。


そういったものをどう取り入れ実践していくか?

例えば、

ご利用者さんから
「死にたい・・・」
とつぶやかれることがあります。

そういう時、
安易に「大丈夫ですよ」などと言えません。
と言うより、かける言葉が見つかりません。


「死」を身近に感じ、混乱や絶望に襲われている人、近づいて
くる家族の「死」を受け止めることができない人。
そういう時、私たちはどう接していけば良いでしょう。

ちょっと視点を変えてみましょうか。
『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。』
そういう言葉があります。

歴史一つとっても今の日本がどう成り立って行ったか?
どうして戦争になったか?などここ100年の動きをどれだけ授
業で行っているでしょうか?
たぶん近世・現代に近づくにつれて授業日数が押されけっこう
流されていた記憶があります。
近代史や現代史をしっかりとして欲しかった。
目の前のご利用者が生きてきた時の出来事だからです。
それが私たちの生活に大きな影響を及ぼしてもいますしね。


 ご利用者の方と話しをする上でも、そのあたりの事を知って
おけば、『生きていた時代がどれだけ大変だったか?』など
より深く理解できたと思うのです。


 でも日本の教育の在り方をみていると「教養」は隅に追いや
られているように感じます。
本質的な問題や、すぐに答えの出せないような事に対して議論
したり、自分の意見を言う訓練が弱いと思うのです。

(蛇足ですが、
 世界に出ていく上で、ホントはそういう力が大切になります
 海外駐在経験者なら誰しも実感していることでしょう)


専門知識・技術よりももっと先に知っておくべきこと。
土台となる考え方、モノの見方を磨くために「教養」がもっと
見直されてもいいのではないかと思うのです。


 
 さて、「教養」を主題にして述べていますが、教養とは何で
しょう?
辞書で調べれば「広い知識から得た心の豊かさ」などと記され
ています。ならば私たちが持つべき「教養」とはどういったも
のでしょう?


私なりに「教養」の持つ意味を考えると以下の3点ではないかと
考えます。

・専門的知識を、一般的に理解出来るように翻訳する力。
・人格や倫理観を支えるもの。
・世の中の動きを洞察し誤ったことに気付く力。


こういったことが「教養」の持つ力ではないでしょうか?

こういった考え方を持ってこそ介護理論や介助技術が生きてく
くると思います。

いくら聡明で仕事が出来ても、この視点がないと先頭を走る
立場になった時、「レミングの法則」のごとくまわりを巻き込
んで崖下に突っ込むことになるでしょう。

そして、この視点を持つことで、「尊厳を守る」こともさらに
深く見えてくるのではないでしょうか?

 だからこそ人生の先輩である人々の「生病老死を受け止める」
手がかりを手にすることが出来ると思います。

重ねて言います。
対人サービスを担う介護職には「教養」が必要だと思うのです。

うわべの教養でなく本来の意味での「教養」を意識することで、
今の仕事がより豊かなものになると思うのです。

では今日はここまで。
[ 2013/05/11 00:46 ] 教養 | TB(0) | CM(38)

加筆:介護理論や技術を支えるには「教養」が必要ではないだろうか?

 前回の「尊厳を守る」にもつながっているのですが、介護理
論や介助技術を支える。もしくはその土台と言っていいと思う
のですが、そこには「教養」が必要ではないか?と思うのです。

 この「教養」について考えたのは、介護とは別のところから
です。
 一つは、経営学のドラッカーのマネジメントのなかで教養の
重要性を説いていることからです。
ドラッカーはマネジメントを教養として位置づけ、こう述べて
います。

「マネジメントとは、まさに伝統的な意味における教養である。
知識、認識、英知、リーダーシップに関わりをもつがゆえに、
自由人のものであり、実践と応用に関わりをもつがゆえに実務
に関わるものである。かくしてマネジメントの地位にある者は
、心理学、哲学、倫理学、経済学、歴史など、人文科学、自然
科学の広い分野にわたる知識と洞察をみにつけなければならな
い。それらの知識によって、病人の治療、学生の教育、橋の建
設、使いやすいソフトの設計や販売において成果をあげねばな
らない」(ドラッカー、マチャレロ共著『新版マネジメント』)

もう一つは、脳科学者の茂木健一郎氏は「教養は生きる上での
道しるべ」だと次のように言っています。

『「教養」とは、一生をかけて必死になって醸成していくべき
ものである。何が起こるかわからない人生において、生きる上
での道しるべをあたえてくれるものである。それは、万人にと
って必要なもの。決して、机に座って本を読むことによっての
み身につくものではない。私たちが生きる上で時々刻々経験す
ること。その細やかなひだの中から、次第に醸成されてやがて
血肉になるのが教養である。~教養を身につけるということは
、すなわち、自分がどれくらいものを知らないかということを
自覚しているということである。それでいて、決して投げやり
にはならないということである。未知なものに対して、積極的
に、かつ真摯に向き合う。そのような態度を身につけているこ
とが、教養、すなわちコモンセンスなのである。』
(林望、茂木健一郎共著 『教養脳を磨く』より)

こういったことをヒントに「教養」について考えて行きたいと
思います。


介護は対人援助・直接援助のサービスを行いますから、老人学
や心理学、医学、死生学、は元より介助技術(食べる時の姿勢、
寝ている時、寝返りする時、座っている時、立つ時、歩く時、
トイレやオムツを換える時、入浴などの身体介助、認知力が落
ちて、不安でたまらない時の対応、など)の知識、そしてご利
用者ばかりでなく、ご家族や外部とのコミュニケーション。
そういったものをどう行っていくか?

その為の土台となる考え方、モノの見方を磨くために「教養」
がもっと見直されてもいいのではないかと思うのです。

 例えば、歴史一つとっても今の日本がどう成り立って行った
か?どうして戦争になったか?などここ100年の動きをどれだ
け授業で行っているでしょう?たぶん近世・現代に近づくにつ
れて授業日数が押されけっこう流されていた記憶があります。
ネアンデルタール人うんぬん教える前に現代史をしっかりとし
て欲しかった・・・ちょっと脱線しています?

 ご利用者の方と話しをする上でも、そのあたりの事を知って
おけば、どれだけ大変だったか?などより深く理解できると思
うのです。でも日本の教育の在り方をみていると「教養」は隅
に追いやられているように感じます。本質的な問題や、すぐに
答えの出せないような事に対して議論したり、自分の意見を言
う訓練が弱いと思うのです。
 
 「教養」を主題にして述べていますが、教養とは何でしょう?
辞書で調べれば「広い知識から得た心の豊かさ」などと記され
ています。ならば私たちが持つべき「教養」とはどういったも
のでしょう?

ひとつの見方としては、こういうこともあるのではないでしょうか?

・専門的知識を、一般的に理解出来るように翻訳する力。
・人格や倫理観を支えるもの。
・世の中の動きを洞察し誤ったことに気付く力。

こういったことが「教養」の持つ力ではないでしょうか?

こういった考え方を持ってこそ介護理論や介助技術が生きてく
くると思います。
いくら聡明で仕事が出来ても、この視点がないとレミングの法
則のように、それもまわりを巻き込んで崖につっこむことにな
るでしょう。

そして、この視点を持つことで、「尊厳を守る」こともさらに
深く見えてくるのではないでしょうか?

 だからこそ人生の先輩である人々の生病老死を受け止める
対人サービスを担う介護職には「教養」が必要だと思うのです。
「教養」を意識することで、今の仕事がより豊かなものになる
と思うのです。

では今日はここまで。
[ 2012/07/07 11:37 ] 教養 | TB(0) | CM(32)





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