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海外駐在は危険がつきまとうのか?

今日はもうひとつ

前回の記事の末尾でこう言いました。

何のために発想の転換をするのか?その意味と、それを支える
行動、その行動を起こす決断力。そういったものが現場を変え
ていくのだと考えます。

その行動を起こす決断力で思い出したことがあります。
海外でのユニフォーム販売に奔走していた頃のことです。
ユニフォームの購入は日系企業といえど現地調達であるため現
地社員の発言力が大きいのです。つまり現地社員にとっては美
味しい既得権なのです。そこへ日本人がユニフォームを売り込
みに来る。今までのやり方が通用しなくなる。正直言って私は
邪魔な存在なのです。
でも上司である工場長やボスから話を聴けと言われたら無視で
きない。彼ら彼女らも困ります。
そこで無理難題をだしてくるケースもありました。契約を決め
るべく、協力工場に縫製のオーダーを進めていた時、その工場
のオーナーに可愛がられていたせいかこういう忠告を受けまし
た。「ウエッティさん、この国では人の命は安い。簡単に殺し
屋が雇える。あまり強引に契約とったら危ないよ。」たしかに
そういう国です。はやく事業を軌道にのせたい一心で周りのこ
とが見えていない面もあったのかもしれません。
なにかやり通そうとする時、ある意味で狂となり侠の心で突き
進む信念がなければ、マイナスの面に引きづられたり、迷いに
心が揺れて歩みが止まったりすることがあります。
「まずやる!」の一心で決断してきたので、「死んでもやるぞ」
という気概が怖さを感じさせなくしていました。
ただ、心の警戒機能は、周りをよく見る余裕を取り戻し、事な
きを得ました。
夜の街をほっつき歩くこともしていましたが、よく強盗に会わ
なかったものです。でも海外で生活しているとどこかで緊張感
はありました。危ないところには行っていませんでしたから。
とは言うものの運が良かっただけかもしれません。車で移動中
に銃声が聞こえて雇っているドライバーが驚いたこともありま
した。治安のいい街中でもそういう世界が隣り合わせていたの
です。

海外駐在をしている方々は不安だと思います。そして帰りを待
ちわびるご家族の方々お気持ちを考えると粋がって突っ張って
仕事をしていた自分が小さく見えます。
アルジェリアのことは他人事に見えませんでした。出来うるな
らばご遺族の方々への取材・報道は控えて頂きたいものです。
それでなくてもつらいでしょうから。
報道に携わる人たちにもアルフォンス・デーケン先生の「悲嘆
のプロセス」を知ってほしいです。

結局何が言いたかったのだろう。

決断することには覚悟が必要だ。
そして決断にはリスクが伴う。
だからこそ決断し、行動する者の勇気を知ってほしい。

今は、アルジェリアで亡くなられた(日本人ばかりでなく)方々
のご冥福をお祈りしたいです。

今日はこれまで
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[ 2013/01/26 22:51 ] 死生観 | TB(0) | CM(0)

「存在の不安」を考える

先日ちょっとうれしいことがありました。
全介助のご利用者様の食事介助をしていた時、
向かいで見ていた他のご利用者様(認知症)の方が
「上手に食べさせるね、見ていて気持ちいいわ」と
言われました。

その場にいた職員一同笑顔になりました。理解は難
しくともその場の雰囲気や心持ちはそのまま伝わる
ことが再認識されました。
知識としては分かっていても、こうして表現される
と「いい加減な仕事」はできません。

一方、認知症でない年齢からくる身体の不自由さで
入所された方は「なんも(体が)ゆうこときかん、
もうどうなってもええんやぁ。」と言われます。そ
の方の思うようなタイミングで思うような身体援助
(手を出し過ぎない、それでいて痛みを感じさせない)
が出来ると「ありがとぉ~」と声をかけて頂けます。
この力加減が分からなかったときは職員全員生傷が
絶えませんでした。

なるべく気ままに過ごして頂きたいのですが、あの
「なんも・・・」の言葉が気になります。入所され
る方は誰しも家に帰りたい。認知症の症状として自
宅にいても過去の家に帰りたい「帰宅願望」があり
ますが、これは元気な時に戻りたい願望なのかもし
れません。入所されている方々に心安く日々を過ご
して頂きたいです。そのためには、介護職の教養と
してご利用者の「空虚感」の理解が不可欠ではない
かと思います。

曹同宗僧侶の南直哉師の著書「なぜこんなに生きに
くいのか」新潮社 を読んで思いました(一部引用)

自宅から施設へ移る環境変化は高齢になるほどつら
くなると思います。この環境変化を何の心の準備も
ないまま、否応なく突きつけられる。順応出来れば
いいですが、ストレスがかかっているのは行動から
推測できます。落ち着かなかったり逆に意気消沈し
たり。(生活パターンの変化で以前より健康になる
ケースもあります。)ただ、メンタル面でどれだけ
の援助が出来ているか?「空虚感」の解消とはいか
なくても共感はできるのではないでしょうか?施設
の生活で「生存の危機(生活のしにくさ)」は回避
されるでしょうが、「存在の不安(生きていること
の切なさ)」はまだ課題が多いと思います。
「空虚感」や「生存の不安」はどこから来るのでし
ょうか?それは「誰かに認められたい、大切に思っ
てもらいたい。でもそう思ってもらえない」そうい
う非常に切なくて孤独な感情からではないでしょうか?

これは職員がどうこう言っても一朝一夕には埋めら
れません。いや埋められるものではないでしょう。
にもかかわらず、「笑おう」と言ったのは死生学の
アルフォンス・デーケン先生ですが、笑えなくとも
「手を合わせる」ことはできるのではないでしょうか?
「つらいねえ」と言えるのではないでしょうか?
すこしでも心を解きほぐすことはできないものか。
そう思います。

3・11が過ぎました。気がつくとあの日から1年が
過ぎてしまいました。何もできない1年でした。そう
思うと気持ちが沈んでしまいます。これは過去からの
「宿業」か?1000年経っても人間は変われていな
いのかと。
しかしこうも考えられるのではないでしょうか。
「過去」は変えられない。でも「現在」を懸命に生き
ていけば、変化を求める。そうすれば「未来」は変え
られるのではないか。

「現在」の積み重ねが「未来」だから。
[ 2012/03/12 22:24 ] 死生観 | TB(1) | CM(4)

死生学・悲嘆のプロセス

もうすぐ3・11がやって来ようとしています。
被害に遭った方にとっては1年では心も癒せないでしょう。
時間が解決してくれることばかりではないでしょうから。

直接被害に遭っていない私も色々考えさせられる1年でした。
気にかかるのは子ども達の将来のことです。
(福島第一原発の放射線の影響は全世界に及んでいます。
 特に成長期の子ども達にはこの先どういう影響があるか?
 しっかりと見極め、この国の進み方を見ていきましょう)

さて、多くの方が未だ癒せぬ悲しみの中におられると思います。
悲しみを共有することも共感することも自分の経験と想像力の
範囲でしか出来ませんが、福祉介護の専門職であれば、知っておく
べき知識があると思います。

死生学のアルフォンス・デーケン先生の著書の中で、「悲嘆のプロセス」
が12段階ある。喪失体験とそれに伴う悲嘆のプロセスも人によって
様々でしょうが、そこにはある程度まで共通するパターンが見られると
言われています。(もしかしたら以前紹介したかもしれませんけど)

単純に12段階を経ていくわけでなく、行きつ戻りつ、あるいは一つの段階を
越えられない状態であったりするでしょう。ただ専門職として、この「悲嘆の
プロセス」を知った上で関わりを持った方が、その人の立ち直りに目が向けら
れたり、混乱を受け止められるのではないでしょうか。


「悲嘆のプロセス」12段階
1:精神的打撃と麻痺状態

2:否認
  理性が「死」や「悲劇」という現実を拒否

3:パニック
  集中力が失われて、日常生活にも対応しがたくなる

4:怒りと不当感
  不当な苦しみを負わされた激しい怒りの感情
  外部に発散されず内攻すると心身に深刻な打撃を与える

5:敵意とうらみ(ルサンチマン)
  時として、目の前の人や関係者に向けられる場合がある

6:罪の意識
  原因は他にあったとしても自分を責めてしまう

7:空想形成・幻想
  受け止めきれない悲しみと心のバランスを取ろうとして
  現実から逃避する

8:孤独感と抑鬱(よくうつ)

9:精神的混乱と無関心(アパシー)

10:あきらめ・受容

11:新しい希望―ユーモアと笑いの再発見

12:立ち直りの段階―新しいアイデンティティの誕生

アルフォンス・デーケン先生は「ユーモア」や「笑い」を
重視しています。ご自身も第2次世界大戦下のユダヤ人収容所の
悲劇を経験され、多くの悲しみを体験されています。
その上でユーモアや笑いが大切なのだと言われているのです。
先生は言います。
・ユーモアは心と心のふれあいから生まれる。相手に対する
 愛と思いやりがユーモアの原点。
・ユーモア感覚を育てるためには、広い視野と心のゆとりが必要。
・ユーモアは貴重なコミュニケーションの手段となる。
そして、ドイツの一番有名なユーモアの定義を上げています。
「ユーモアとは【にもかかわらず】笑うことである」
これは、自分に「今苦しんでいる。」にもかかわらず、相手に対する
思いやりとして笑顔をしめす。これが真に深みのあるユーモアであると。

ただ、悲しみの最中に無理して笑えといっているわけではありません。
悲しい時はしっかり悲しんだほうが、悲しみを我慢した方より
立ち直りが出来ている。と統計も紹介されていました。
私たちが、悲しみに暮れ混乱のなかにいる人を目の前にした時、
こういう知識を知った上で対応した方がよいと思うのです。
この12段階にある人の状態を否定することはできません。むしろ
その時の気持ちを尊重しなければいけないでしょう。その上で
どう向き合っていくかが専門職ではなかろうか?と思うのです。

実行することは難しいです。失敗もあります。でも失敗を避け
そこから逃げるより、その人と向き合った方が、後々その人の
ためになるのではないか。関わった分、なにか残るのではないか。
そう思います。

覚悟して失敗する勇気を持ちましょう。経験者より
[ 2012/02/18 11:51 ] 死生観 | TB(1) | CM(0)

生きることを考えるきっかけ、死が身近にあった思い

おひさしぶりの記事更新です。親鸞の解説書や脳科学者と禅僧の対談集やら読んでいたら、
ちょっと川の向こう岸に目が言ってしまって、こちら側のほうへ気持ちが切り替えるのに
時間がかかってしまいました。

さて、またキーボードを叩こうと思ったきっかけのブログをご紹介します。
思春期の闘病生活を語られた一読に値する記事集だと思います。ライムライト

この記事を読みながら、自分のことを振り返りました。
私が「死」を考えたのは小学生の頃からだと思います。
母から「お前は早産でね、生まれた時からちっちゃくて命をつなぐのが大変だった。
生まれてしばらく病院にいて家へ帰ってきても2度くらいチアノーゼをおこしたりして、
日赤の病院のご縁があったから助かった。よかったね~」というような話を聞かされた覚えがあります。
その時から「運が悪かったら今のおれはいないんだよな~」。
そしてなんか今ここで生きていることが不思議で、ここいるのは現実ではないような
半ばふわふわ浮いた気持ちを抱えていました。
小学生を卒業するまでは、親も「この子は大人になれないかも・・・」という気持ちを
どこかに持っていたと思います。
それにいわゆる「いじめ」の対象にされていたのもつらかったな。
この両親がいたから耐えられたのだと思います。

さいわい、中学に上がると成長期がうまく作用し人並みの体力をつけることができました。
いじめをしていた奴らより背も高くなっていたりして(笑)。運動部で3年間体を鍛えたおかげです。
そのかわり受験は失敗しましたが(笑)。

・・・人生、まずは体力でしょ。

そうしてなんとか大人になり、なんと就職も出来て、その上結婚まで出来た。
あろうことか子どもたちも生まれた。まっすぐ過ぎる性格が禍し、転職も幾度かしました。
死にたくなるようなストレスを抱えた事もありました。がこうして介護福祉士として生き直してもいます。

贅沢でもないし、出世ラインも踏み外したけど、「言うことなしの半生」ではないかと思います。
一緒に仕事してきた人と引き比べてみたら「負け犬」っぽく見えるかもしれません。
でも生きているのだから「いいと思います」。今の方がずっと生きているじっかんがありますもの。
一時期、いわゆる一流企業と言われる人と一緒に仕事をしたこともありますが、きっと彼らも辛いと思います。
競争も激しいですしね。病気で急死したりする人もいましたし。

なんかまとまりのない話をしてしまいました。
彼女のブログを読んでいたら、「死」を身近に感じた経験はつらかったですが
「無駄」ではなかったことを思い起こさせたのです。
そして、その経験が、今に生きているのではないかと思うのです。
時々職場でも言うフレーズがあるのですが「人生無駄がない」。そう思います。
回り道の人生を歩いてきたけど、前を向いて生きていた分、今の介護の仕事に無形の力を与えてくれている。
そんな気がします。

施設に入居しておられるおじいちゃんおばあちゃん。
なかには100を越える方もおられます。その生きてきた歴史に思いをはせると、
この方々晩年はなんなんだろうか?そんな疑問が起こります。
生きることに意味があるのか?
この疑問には答えがみつかるかわかりません。
なので、せめて「病み衰える時間をどう過ごしたいのだろう?」と思うのです。

認知症で自分が壊れゆく不安にさいなまれる人。
行き場がわからずさまよう人。
脳梗塞で体の自由がきかない人。
寝たきりで体も動かせず、うなることくらいしか出来ないひと。
食べたいのにむせてしまい、食べることが苦痛になってしまう人。
一方、経管栄養で有無を言わさず生かされている人。
そして、来たくも無い施設に送り込まれて希望を見出せない人。

お一人お一人違います。その人たちを眺めていると、少しでもなにかの手を差し伸べなければと
思うのです。
「心配しなくていいから」と声をかけることからでもいい。
痛くないように移乗介助や寝返り介助を行うことも大切です。
でも、もう少し魂に響く語りかけや介助技術が出来ないかと思います。

それは、うまく心に添えたサービスが出来たときの笑顔がうれしいからかもしれません。
でもそれは一瞬で消えてしまうものです。またその笑顔を見たくて試行錯誤や
同僚への「おせっかい」を焼いてしまうのです。いらぬ葛藤が付きまといます。

「喜び」が「苦」となってしまう。そう言えるかもしれないですね。でも止められない。
ある意味それは「使命」と言えるかもしれませんから。

その人が「生きる」。それぞれの境遇のなかで、よりよく生きて死んでいく。
それが介護職の使命でないかと思うのです。

それが社会のニーズとなってくるでしょう。

そのためには、観察し、仮説を立て、実践し、評価する。
この行為を積み重ねていかなければいけない。
その時、観察する目を鍛えておく。しっかりとした介護感がないと
その人に必要な仮説も立てられない。
いわんや、痛みを与える身体介助を平気で行ってしまうでしょう。

「淘汰されるべきは、介護感なき介護職」。
その為には、教育が必要なのです。鍛え直すチャンスを差し出さねばいけないのです。
それをつかむか拒むかは本人次第でしょうが。
人手不足の業界では理想を掲げるのもむずかしいのが現状でしょう。

理想を掲げる経営者もどれだけいるかわかりませんが?

だからこそ介護研修の講師が「夢」となってきたのかもしれません。


ブッダはこの世にいる限りは「解脱」はできない、煩悩からは逃れられない。と言っていたそうです。
でも、死ぬ直前に最後の土壇場に「これだけのことをやりぬいた、納得して死ねる」。
それがこの世における「解脱」ではないか?と
当のブッダは80歳の生涯を生き切ったと死の間際に語ったそうです。
 ---引用(「人は死ぬから生きられる」脳科学者と禅僧の問答 茂木健一郎 南直哉 新潮新書

そこまで命を燃やせれば言うことないです。
[ 2011/09/26 03:11 ] 死生観 | TB(0) | CM(4)





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