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介護を定義付けていくと、、、

「介護」・・・定義付けを勘違いしていた。

「介」は、介抱や人と人をつなげるというよりも、人の持つ「存在の不安」や「苦しさ」を「存在の安心感」や「生きることに賭ける」ことにつなげる。
そういう「介する」ことであり、一方「護」については、
「尊厳」や「生活」・「quality of now」
今ここにいることを「護る」。
それも、目の前の人も自分自身も守るのだ。

けっして、
誰でもできるなどと思われることではないのです。

介護の根幹として残るのは、
「存在」と「尊厳」です。

特に介護が目指すべきは
「存在の安心感」
いるだけで、自らの存在を肯定できる。今ここにいて良いと思える。それが尊厳を護ることにつなげる。
これは相互作用で、ケアしケアされる関係となります。

介護は、西洋的合理主義に縛られないことと、日常生活における水平な関係性があります。
これは介護の固有性となりうるか?

しかし、介護は様々なところに関わる特性があるから、固有性は持ち得ないかもしれません。
「介護に専門性がない」と言われてしまうのはそのためかもしれません。それだけ範囲が広いのです。

もしかすると「固有性」は介護にはなく、強め意識することなのか?


他方で、終末期や看取りにも目を向けると、
介護的にはエンドオブライフケア、、、とは

あくまでもライフに目を向ける。
そしてQON(quality of now)
「今ここ」を大事にする。
無力でもそばにいることのできる関係。
相手が話せなくとも
「我思わずとも我あり」を意識すると
フラットな関係性が育まれる。

介護は「向き合う」のでなく「寄り添い・伴走」するものだから。

介護は医療的な視点の「人を支える人に 一番支えが必要」からもう一歩踏み出せる。
支え合う相互作用とお互いの尊厳を感じ合う中から生まれる関係性を持てるのだ。

とすると、「あなたはターミナルです」と言わずとも身仕舞いの時期が来たと関係性から伝えられるのが介護かもしれない。
伝える役目は医療に委ねて。

ただ、介護を通じての関係性から
「どう生きたいか?どう死にたいか?」を確認することはできる。生活の中から聴き取れることがある。

そこが医療と介護の専門性の違いなのです。

まだまだ思索は続きます。
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[ 2016/04/08 21:56 ] 介護論 | TB(0) | CM(0)

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