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心がそうしたいと思うから・・・

さて、夜勤明け2本目の記事です。(24時間戦えますか?てCMあったよな~)


以前、介護は公職かサービス業か?で言った言葉ですが、もう一度振り返ります。

映画パッチアダムスで
「医者の仕事は“死”を遅らせることじゃない、“生”を高めることだ」と言っていました。

すると、介護はどうだろうか?
こういうのはどうでしょう。
「介護の仕事は、“生”を高めると共に、“死”を受け止めることだ」

この言葉を振り返る出来事がありました。
夜勤明けで、ご利用者さんの朝食が済んで食堂にいる方の様子を見ていたら
なんか時間を持て余すような、「なんで私はここにいるの?」そんな信号を受けてしまいました。

さてどうしよう?

お茶の準備をしながら頭が高速回転!

ラジカセをみると「お経、説話」のカセットテープがあるではありませんか。
よし、日曜日の朝だ。礼拝の時を準備するのだ!
やおら、廊下に置いてある小ぶりな観音様の木像を食堂のテーブルに置き、そのテーブルも
2つ縦に並べて皆さんを席に誘導します。もちろんご利用者さんは「これから何がはじまるの?」
そんな怪訝な顔つきばかり。

カセットテープから流れ出したお経を聞くと、いっせいにみなさん観音様を拝まれたのでした。
ついでにわたしも拝まれました。

おそるべし長年の習慣!!!

福井は浄土真宗の信仰厚い土地柄です。みなさん季節の折々、報恩講など
門徒の集まりに参加されていたと思うのです。

だって、お経を聞くと口ずさまれる人もいましたから。
(認知症も進んでご飯も食べたことも忘れる人がですよ)。

カセットテープが回っている時間。静寂な時が過ぎて行きました。
あの毎日のやり取りがウソのようです。
何を願い、何を祈るのでしょう?
手を合わせる生活が
長年の人生に根付いたことを再発見した思いでした。


職員が口走る上っ面の言葉では心に響かないのですよ。

ご利用者の皆さんの落ち着いたお顔を眺めながら、「さて、これからどう発展させよう?」
これが生きる意欲につながるように考えいきたいです。

この、日曜礼拝は続けていこうかと思います。
この活動の蓄積がエビデンスともなりましょう。
職員では果たせない「魂の安寧」
これをどう働きかけるか

所詮、職員は無力か?と問いかけているような気がして。

深い、深い課題です。
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[ 2011/09/11 14:32 ] 介護論 | TB(0) | CM(6)

いますね。お経をソラで言える方。
僕も、認知症で話もできず、体を触ろうとすると口を開ける(食べようとしている)方がいて、その方が御詠歌をやっていたという話を聞いてラジカセで御詠歌を流すようなプランを立てたんです。そしたら、その御詠歌を聞いて涙を流していたと。
宗教の力、すごいです。いや、信仰の力ですかね。
[ 2011/09/11 17:09 ] [ 編集 ]

ryyohoさんへ

> 宗教の力、すごいです。いや、信仰の力ですかね。

すごいですよ。だてに何百年、何千年残っているわけではないのです。
私たちは無知なだけかもしれません。

「無知は罪」

田中師匠であれば「ムチは好き」かもしれませんが(笑)
[ 2011/09/11 23:36 ] [ 編集 ]

前の、すべてを拒否する方の記事に対して「宗教」のことを
書こうと思っていたところでした。

誰かに世話をしてもらうことを拒否する背景には、その人自身に
障がい者への偏見(「あのようになったら終わりだ」のような)が
あるのではないかと思うのです。

自分の役割に気づいたり、「死と生」を考える一助になるのは、
お坊さんの講和みたいなものではないか、そんなことを
考えたりしています。

どんなに年齢を重ねても、まだ人生を達観できず、迷ったり悩んだり
している方は大勢いて、「死」が身近になったときこそ、よりそうした
話が身にしみるというか・・・

そんなこと書いている私は無宗教で、全く信心深くないんですけど、
施設にお坊さんや牧師さんなどがお話に来てくださったらいいなと
思うことがあります。
[ 2011/09/12 07:53 ] [ 編集 ]

げんきさんへ

連続で記事にした甲斐がありました(笑)
> 誰かに世話をしてもらうことを拒否する背景には、その人自身に
> 障がい者への偏見(「あのようになったら終わりだ」のような)が
> あるのではないかと思うのです。

そう、そのひとには「絶望」が取り巻いています。

なので、ちょっとできる手仕事で充実感を感じてほしいし、
はなれているけど「家族」にとっては元気に生きていてほしい存在であること。
何も出来なくても「家族」のために「祈る」ことはできる。

そういったアプローチをかけていきたい。これはそのご利用者の担当とも
話していきたいことです。

このような課題はこれからも増えていくでしょう。
知識とうけとめる心を養っていきたいです。
[ 2011/09/12 09:29 ] [ 編集 ]

お寺の和尚さんの担当でした。
みんなのカーテンを開けまくるので、仏さんとりんをもってきてもらいました。

朝拝んでもらうため、
起きたら部屋へ持参する

「ちーん」
・・・それだけかいっ!w
かなりの高僧だったんだけどなぁw
実は嫌いだったのかもっ・・・。
[ 2011/09/12 23:45 ] [ 編集 ]

きみきみさんへ

偉い人ほどギャップが大きい。
エロくないだけよかったかも・・・俺かよ。
[ 2011/09/13 22:26 ] [ 編集 ]

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