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養老孟司先生の講演に行ってきました。

地元にある大学の10周年記念で参加募集されていまして。
行って参りました「養老孟司先生の講演」

基本的には著書で仰っていたことがベースでした。
やはり話し上手ですね。あっという間に2時間が過ぎて行きました。

話の最初はやはり原子力でした。鉄腕アトムの世界では科学技術は夢であり希望であった。
でも科学技術も天井を打ち、結局「人間」に関心が戻ってくるのではないか?
ということから話は始まりました。

そして現代はエネルギー消費社会=経済成長で、エネルギーを使うことが成長になった。
代行エネルギーうんぬんより、エネルギーを使わなかった社会があった。江戸期である。

エネルギーを使うことは、人間の価値を相対的に下げてしまう。江戸時代には石油も原子力も無かった。
その頃の消費量を1とすると、現在は一人が使うエネルギーは日本40倍、欧州80倍、米100倍
くらいになるだろう。つまり昔に比べると人の価値は1/40になってしまった。
その分、人間は大事にされなくなった。
江戸・幕末期に来た西洋人が日本に来て言った言葉が、
「なにもない世界だがこれほど幸せそうな民族は見たことがない。」西洋文明を持ち込むことに
疑問を感じたのですから。

つまり低エネルギー社会のほうが人間をみるのではないか?人を見る目が大事である。
ひるがえって、官僚を生み出すシステムは入試という手続き・点数化で、人間を採用する責任を
回避している。「人を見ないシステム」である。だから責任を取らないのは当たり前である。

そして、都市化・文明化は自然を排除して「考えたら何とかなる」「こうしたらこうなる」という
社会を作り上げていった。だから寿命も伸ばせると思うし、自分の死も自分で決められると思ってしまう。
だから自殺者が3万人にもなってしまう。

そして意識と感覚の関係を見てみる。
意識は同化する働きがある。リンゴを見ればリンゴだと思うように。言葉が成り立つ世界である。
感覚は、リンゴを見ても一つひとつ違ってみる。同じ言葉でも別のものとしてとらえる。音感も感じる。
赤ちゃんは生まれてきた時は絶対音感を持っている。でも同じ言葉でも高い・低いで別のものと
認識したら言葉を持てなくなる。だから絶対音感をけしてゆく。言葉は変わらないものとなる。
録音すればいつでもその言葉がかわらないように。

でも人は変わるのだ、生まれて死ぬまで変化し続ける。そういうものである。でもそれに気付かないと
自分は変わらない。変わるのは言葉だと勘違いしてしまう。
変わらない自分なんてない、だって刻々と変わっていくのが人間だから。

最近の政治家が嘘つきに見えるのも言葉を重ねてごまかせると思っているから。
言葉は変わらないものなのにだから、約束や契約が成立する。
でもそれも無意味になってしまっている。まあアメリカなんて分厚い契約書を作るのも
そいうことでしょう。神の前で契約した結婚も50%が離婚しているし。

これからは、意識よりも無意識のことがじゅうようになるのではないか?
意識はしなくとも生きていられるのは無意識に体が動いているから。この無意識や体のこと
はまだまだ分からない領域がある。

いずれにしても人間を大事にする社会になってほしい。

都市化した社会では自然や命はどうにもならないもので、人がどうこうできるものでない。
だから命はたいせつなのだ。変わらない自分なんて進歩がないし、死ぬことが分かっていない。
衛星を飛ばすことも技術の進歩だろうけど、今だ科学は殺したハエ一匹すら生き返らせることが出来ない。
どうすることもできないことだからこそ命は大切なのだ。

そういうことを仰られたようです。以上。


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[ 2011/10/20 00:18 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

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