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私的な感想です「養老孟司先生の講演」

facebook の方でエネルギー消費と人の価値や責任についてご意見がありましたので、
私の感想も交えて述​べてみます。

まず先生はエネルギー消費率を引き合いに出して、「人を​大事にする社会」に
目を向けることが仰りたかったのだと​思います。
そして世相から感じる「無責任社会」を指摘されていまし​た。
人を採用するのに答案用紙のみで判断する、書類(手​続き)で片付ける。
人を見ていない。そう言う社会構造に​戦後作り上げてきた。
それを知っておいた上でどうするか​ではないでしょうか?

情報化が簡素な江戸期においては、関西の豪商・財閥は、
「生き残るには良い人材が全て」と心底知り抜いていたので、
家柄や出自に関係なく遠方でも、出来そうな青年を養子に取ろうと
探し回っています。その例が青年期の「新井白石」に白羽の矢が幾本も立っていた。その事実です。
その当時、どこの馬の骨かわからなかった白石青年をその眼力で「見所がある」と持参金千両まで
準備して招へいしたそうです。だけど彼はきっぱり断ったのですが。
「人が大事」がだから、「人を見る目が重要」なのだと。

 だから今の日本は混迷しているのかもしれません。

都市化・文明化は自然を支配出来る「考えたら何とか出来るという」視点であると言​われています。
でもそれは大きな間違いで、本来自然はど​うにかできるものではない。
命だって生き返らせることな​ど出来ない。だから命は大切なもの。と言われています。
また、生き急いで自殺もしてほしくないとも言われていま​す。いろんな事情はあるだろうが、
自分に生きる価値はな​いといって死んでほしくないと。いずれ死は訪れるのだか​ら。

とすれば、私たち介護職は、この人にはどうにもできない​こと
「その人として生まれること、そして死ぬこと」これ​を考え、
どういう状況に置かれた人でもその命の生死を見​届けなくてはいけないと思います。
そしてその生き方、死​に方がどうあるべきかに注意をむけなければいけないと思​うのです。
それが「人間を大事にすること」につながっていくのでは​ないでしょうか。

江戸期には出来なかったエネルギーも使っていく。それで​大事にしていく。

競争社会の視点では見えないことを見ていく。
何も生産できない老いて病んでい​る人に価値が無いのではない。
既に「命」がそこにある​。そこに人間にはどうする事も出来ない「価値」がある。
たぶん先生の仰られたことから考えるとこうではないか​なと思います。

それから脳の「意識」のほうはだいぶ分かってきた。けど「無意識」のほうは
まだかいめいされていないことが多い。これからは無意識が重要だろう。と仰られていました。
であれば、脳が壊れていく生活のなか(梗塞や認知症)で、いかに生きていくか?
自分の名前も思い出せなくても快適に暮らしていけるヒントが「無意識」に隠されているかも
しれません。
記憶が失われても性格や気質は変わらなかったケースも興味深いことですし。

介護の仕事は面白い。以上。
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[ 2011/10/20 13:06 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

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