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将来への危機感を持っているのだろうか?

 昨今の欧州の経済危機がギリシャからイタリアに飛び火しようとしています。
原因は「政治不信」と言われています。1000兆円!の負債(国債)を抱えている日本としては
対岸の火どころではありません。
しかし金額が大きすぎて実感が湧きません。

でも自分たちの仕事にどう影響してくるかを考えれば
少しは危機感も出てくるのではないでしょうか?

介護保険報酬もその9割は税金です。国庫が破たんすればその財源も縮小すると考えても
おかしくありません。
すると、今以上に私たち介護職員の給与は下がる・・・そうなるかもしれません。

今でも低い給与水準を維持しようと思えば・・・
1つは老人介護の市場を縮小する。
面倒みられるご利用者の枠を小さくする。給付対象者を減らす考えですね。

2つめは職員一人当たりのご利用者割合を広げる。現状の施設に当てはめれば職員数を
少なくする。

3つめは保険外収入の道を模索する。一般的なサービス業と同様に「お客様の10割負担」に
耐えられるサービスを提供する。

いっそのこと
4つめは・・・転職する。(社会が混乱している中、求職者があふれるでしょう。)
どうしようもなく
5つめは・・・生活保護を受ける(しかし財政破たんした社会ではどうなっているでしょうか?)


こうしてさんざん不安にさせる事を言いましたが、結論としてはこう思います。

「自分たちの強みを生かせる仕事を磨きあげる」のが一番だと思います。
お客様が増える市場であることには違いないのですから。

そこで考えなければいけないのが仕事の在り方です。
下の表を見て下さい。

利益軸

これは利益率と労力を対比したグラフです。
今までの仕事ぶりをB線としますと、付加価値を考えたニーズに応えるサービスをA線とします。
労働の手順や質を向上させて同じ時間働いても内容を高めればいい。そういうことです。

そして、満足度曲線の意味は、同じ質のレベルのサービスをしていたら、
その満足度を維持するだけでも労力はかかってくる。
労力をかけなければ満足度は維持も向上も出来ない。
そういうことです。

ですからA線に向上させようとするには、知恵と失敗を恐れない実行力が必要です。
これは本来「経営者」がビジョンを見せ職員を安心してチャレンジする環境にしていかなければ
むずかしいことだと思います。(それが出来ているところは成功しているでしょう)

なので、一職員の私に出来るのは「備え」です。社会環境が悪くなっても職場から頼りにされる
スキルを磨いておくことです。それと上記に言いました2つめと3つめの項目を想定しておくことです。
そのためには「強み」をもつことです。サービスの長所を持つことです。
しかしそこで気を付けなければいけないことは「倫理に反しない」ことです。
必要悪のようにしょうがなく利用しなければいけない劣悪なサービスには手を染めないことだと思います。
これからもっとそういう福祉を隠れ蓑にした利益追求の業者も出てくるでしょう。
社会のサービスが劣化すればするほど弱者から犠牲になる。悲しい現実です。

それともう一つ危惧するんは介護保険制度だけでは事業を維持できない事業者が出てくると思えるのです。
真面目に行えば行うほど経営的には厳しくなるような制度変更になる予感がします。

だからこそ今から自分たちで「備えること」を考えなければいけないのではないでしょうか?

以上、今日はここまで。
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[ 2011/11/07 11:04 ] マネジメント | TB(0) | CM(8)

「備え」ある人々の増加

経済学の道具を使っての説明は斬新ですね。

幾つか感想を書いてみます。
その視点は、70歳を越えた第1号被保険者であり、認知症の義母93歳をどうするかという個人的な動機です。
*介護専門職の経験はない。

1 日本の国家財政
世界的にも有名で、むしろギリシャよりは深刻ですが、なぜ、政府は何もしないのか?
それは、ギリシャの国債の引き受け手は外国人であり、日本の国債の引き受け手は日本人が多いからです。ギリシャ人は、国家が破産しても自分たちの自由を選ぶ・・という感じですね。
日本では、(表立ってはいえないだけで)消費税を上げないで、国債をチャラにしてしまう・・江戸時代に多くあった徳政令ですね。だから、国債や株をたくさんもった金持ちは打撃を受けます。
IMFとかいろいろいってきますが、ギリシャのような騒ぎにはならない。

2 医療システムの課題をひきずる
介護需要は、団塊の世代が高齢化するに従い、大幅な増加が見込まれるのは誰にも予測できますね。すでに大都市ではその予兆が明確になってきた。
私見では、日本では、介護保険の導入は意義があったのだが、その思考のモデルが医療システムにあり、その問題点を介護にも持ち越してしまった。
それは、上野氏の記事で言われている通り、良心的な事業者が苦労している。
日本の医療の不幸は、医療システムを内部から変革する力が弱いことですね。医師を中心とする医療者が制度の根幹を決めてきた。これに対して、介護保険も医療者による支配を免れてないけれども、ケアマネジャーという新たな職種による「対抗力」(ガルブレイスの言う)もあって、医療よりは希望がある。

3 介護が引き受け過ぎてきた面
・医療ケアの問題点をかぶっている
・ターミナルケアや認知症ケアでは、家族(つまり一般社会)から「丸投げ」されてきた
・年金や公的扶助システムの課題を引き受けてきた
・ジェンダーの視点も欠かせない(女性の就業形態の改革)

4 経営力と経営者の社会性を増す方向
介護職の転職は多いが、それぞれの職場の不満が増幅しているのであり、「介護職」を放棄しているわけではない。経営者の改善は必死ですね。システムも運用も。

5 希望は見えている
「明けない夜はない」といわれる。ここ数年、介護現場は厳しさを増しているが、反面で、介護の重要性や介護職自身の「備え」の強化は行われてきた。Facebookなどの手段がそのことを可能にしています。
[ 2011/11/07 14:50 ] [ 編集 ]

ウエッテイ氏も古瀬先生も さすがです。このまま 教科書になりそう
ホンマにありがとうございます  とても 勉強になります

「希望」ですか  
若いときと違って むやみやたらに 使いたくはないけれど 地盤固めて 確実な「希望」を
つかんでやろうとは 思っています

今「世界はバランスでできている」を 読んでいる途中です。これも なかなか 面白い発想で
使える部分もあるかなぁと 思っています
[ 2011/11/07 15:14 ] [ 編集 ]

Re: 「備え」ある人々の増加 古瀬先生へ

斬新だなんてお恥ずかしい限りです。
1、の日本の借金は国内預金があるにしても他国と比べたら「べらぼう」な金額です。確かに徳政令を出して借金棒引き!は次の総選挙後の政権にとっては誘惑かもしれませんね。目先のきく金持ちは国外へ資産を持ちだしているでしょうし、大企業はすでに研究・生産拠点を海外に持っている。タイの洪水騒動でだいぶ知られたのではないかと思いますが。(12年くらい前にタイの日系企業へユニフォームを企画生産販売していましたからその規模と産業のすそ野の広さを実感しています。たしか本屋と日本料理屋はニューヨークよりも多かったかもしれません)。話がそれてしまいました。徳政令の前に中小企業や庶民向けの大増税の可能性は高いでしょうね。

2、の事業者の生き残りについては、制度の見直しが必至だと思います。優良な事業者の条件として理事長や管理者は介護経験者にする。理事会も半数は介護経験者とする。ように内部からの改革をやりやすくする。事業者評価の基準をご利用者の状態本位にする。(評価のプロが必要となりますが居宅に権限と予算を振り人員を増やせばいいのではないかと思います)。

3、「介護は誰でも出来る」とおもわれているでしょう、きっと。でも介護は「透明な専門性」があるのではないかと思います。医療のようにはっきりとした専門性でなく、生活を見据えた専門性は、高ければ高いほど自然で楽な在り方になるのではないか?当たり前すぎて見えないのではないかと思うのです。ですから報酬を上げる機運も高まりにくく正社員化や結婚してからの生活設計が見えない…ということになるのではと思います。この仕事を世間に知ってもらわなければいけないのでしょうね。

4、今まで述べてきた中で答えてしまったようですが、企業経営の能力と介護現場の経験をしたものが経営者となる条件付けが必要になるのではないでしょうか?

5、「備え」という小さな灯りをともさなくては、今感じている闇のなかをさまよう怖さが消えません。そう言う意味では先生の仰るインターネットを経由した自由な関係、それをきっかけとした介護の理論や実践の共有。これは大きな力となると思います。実際私もその恩恵にあずかっていますし。

・・・そういう意味でも私にとっては、このブログを書くことも「備え」の一つであるかもしれません。
[ 2011/11/07 17:06 ] [ 編集 ]

Re: manapuさんへ

勉強だなんて、私も手探りの状態で考え考え実践してみたり痛い思いをしたり、そんなのばかりです。

「世界はバランスでできている」ですか。面白そうなタイトルですね。絶対的なものでなく相対的なとらえ方をすると、宗教も、人種も、貧富の差も、全て対立するものでなく調和をめざす方便となる。そんな気がします。今の世の中の「ゆがみ」は絶対的なとらえ方がもたらしているのではないでしょうか?そう考えると東洋的な考え方に大きな示唆があると思うのです。世の中偶然の積み重ねの様ですが、すべて必然が働いている。そうともいえるかもしれません。・・・知った風な事行ってしまった(痴)。
[ 2011/11/07 17:16 ] [ 編集 ]

さすがですね!ホンマ まだ 途中やけど そんな感じです。ええっ!?という 視点の転換。関東では 例の時代を変えた伝記を 越す勢いで アメリカでは 一億人以上が この思想に 関わったことがある。私が 惹かれたのは 「感謝するの 捉え方を 間違っている。苦しい時に手助けして くれた人に感謝するだけなら それは 自分の都合のいい感謝のとりかたである。人生の50%が感謝なんて おかしいし 人生がつまらない。」それと「ポジティブな考えはウツになる」これだけで 購入しました(笑)  調和を目指すのではなく あるがままで 調和はとれているって 考えるようです
[ 2011/11/07 22:39 ] [ 編集 ]

Re:manapuさんへ

アメリカだけで1億人以上が関わっているのですか・・・アメリカも疲れて来ているのですね。いままでのやり方が通用しなくなったから。日本人だって過去を振り返れば豊かな思想があるのに。仏教でも自力で悟りをひらく「自力本願」が今までの欧米人の自然を征服する姿に近いかもしれません。一度全てを投げ出して仏にゆだねてみる。心に仏を感じる。これが仏でも神でも自然でもいいのでしょうけど。自分を律した上でなお他力を信じてみれば別の世界が見えるかもしれません。「あるがまま」いいですね。
[ 2011/11/07 23:16 ] [ 編集 ]

んー
難しい・・・・。

ただ、賃金が安いから、仕事しないというのは
仕事ではなくお手伝い

お手伝いに金は出せないから
卵が先か鶏が先か
ならば介護職も賢くならんと、制度はかわらんっ

最近そう思います
[ 2011/11/09 20:26 ] [ 編集 ]

Re: きみきみさんへ

やっぱり世間一般の人たちが認めてくれるまで私たちの仕事が浸透しないと介護報酬が上がることはないかな?と思ったりもします。やはり素人には出来ないことが出来なければ「誰でも出来る仕事」でしかないと思われても仕方ないですから。
[ 2011/11/09 23:59 ] [ 編集 ]

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