にほんブログ村 介護ブログ 高齢者福祉・介護へ
にほんブログ村






スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

介護職がプロになるためには その2

前回、「3つのカン」について述べました。
介護職には「心・技・体」があり、その中でも「心」の
部分が、知識や技術以前に大事になる。その「心」に関わりが
あるのが、「3つのカン」であり、これを育てることが
介護職を続ける上での前提条件になるのではないか。

要約するとこういうことです。

では、この「3つのカン」を支えるものが重要になってくるの
のではないでしょうか。

つまりは、どうすれば「3つのカン」が持てるのか?です。
例えて言うなら、馬を水場に連れてきても
水を飲むか飲まないは馬次第。
こちらの都合で水を飲ませることはできない。

いかにして飲む気持ちにさせるか?これが難しいのです。

これは私自身悩むところでもあります。

「プロ○ェッショナル」や「カンブリア○殿」を
視ていて気付いたことがあります。

プ○フェッショナル http://www.nhk.or.jp/professional/index.html

カンブリア○殿 http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/

こうした衆目を集める人たちには「強烈な動機付け」がある。
「そうせずにはいられない」想いがある。そういうケースがほとんど
のように思うのです。

理屈でなく、「心の底から感じるもの」そういうものが見つかれば、
おのずと目の前のことに、感じ・観察し・考える。
つまり自分を変えていけるのではないでしょうか。

私にとっての「心の底から感じるもの」はなにか振り返ると3つあります。
1つめは、出生時に幸運にも死なずに済んだこと、幼少期は心身ともに弱かったこと。
そのころは生きていることに現実感が希薄だった瞬間がありました。
時折なんだかふわふわした感じだったことを記憶しています。

2つめは、父の危篤で1週間病院にいたときのことです。あの時私は何もできず
無力でした。ただ死に向かう父を眺めるだけでした。

3つめは、義祖母の終末期です。その時は介護職として拘縮予防の知識・技術も
あったのですが、拘縮が悪化して痛く辛かったのに、見逃してしまったことです。
なぜあの時何もしなかったのだろうと後悔ばかりです。
これらの思い出が今の私を突き動かしているのではないかと。

自分自身の「弱さ」や「痛み」を知ることに鍵があるように思います。

想いは言葉にした時点で既に元の形を失います。
言葉は発した時点で自分のものでなく受け止めるものの側にあります。
自分の想いを100%理解はされるものではないでしょう。

でも、自分に「響いたもの」を伝えることはできるのではないかと思うのです。
感じた出来事を体感してもらうような講習もできるのではないでしょうか。

そうしていくらかでも「心の底から感じるもの」が自分の中にあると
気付いてもらえれば、その人の「3つのカン」や「心・技・体」が
形作られるのではないでしょうか?

今日はこれまで。
スポンサーサイト
[ 2013/02/10 17:32 ] 介護論 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://uenokisou118.blog.fc2.com/tb.php/98-c29a7fbb







上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。