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在宅サービスを考える上で

在宅サービス 楔(くさび)論

イマジネーションとクリエイティビティ。

想像力と創造力は介護に限らずどの業界でも必要なのですが、あえて提言してみます。

在宅サービスの現場では、限られた環境の中で、いかに生活を維持しより良くするかを考えなければなりません。
例えば、最近行ったことでこんなことがありました。
・キッチンの道具の配置を変えて動線を広くしました。これは事故率や利便性が変わります。
・動きにくい手の様子を視て、リモコンの台を日用品を利用して作る。
・褥瘡予防のポジションニングを医療・看護に働きかけていく。
・夜間の尿パット交換を家族の介護力に合わせてオムツのセッティングを考える。小さなパットを有効に使える工夫をしてみる。

特別なものを買わなくても知恵と多職種の協力で変化が生まれました。

患者・利用者の方を見て、想いを共有出来たからだと思います。
ただ、それだけはコトは動きません。
便利な手段を考えればいいというものではないのです。

それでは何が大事なのか?


在宅サービス(医療・看護・介護)は、
見えないところの想像力と、現場で生み出す創造力のふたつの力が必要だ。
そうでなければ、
その人の想いは無視され、
根拠のあるサービスもできない。
なぜそうするかという目的も見えてこない。

その人の人生のすべてを支えることのは出来ない中で、その人が自分の人生を生きていく支えを楔(くさび)のように打ち込んでいくのが在宅サービスなのだ。
深すぎてもいけないし浅すぎてもいけない。必要なところに必要なだけ入っていく。
だから、自分たちが入らない多くの時間を想像できなければプロのサービスとは言えない。
創造性が発揮されなければ、生活が豊かにならない。

在宅サービスとはそういうものではないだろうか。


これは在宅も施設も大きくは変わらないでしょうけど。
[ 2016/02/13 22:08 ] 介護論 | TB(0) | CM(0)

地域包括ケアは介護福祉士がポイントになる

お久しぶりのブログ更新です。
先日、日本介護福祉士会主催の
東海北陸ブロックリーダー研修
に参加してきました。

多職種連携に置ける介護福祉士
の役割がテーマとなっていまし
た。主として「医療と介護」。
在宅生活を継続する上において
は、この二つの職種の連帯は不
可欠です。


そこで問題になるのはお互いを
知ること。
共通の目的を持ち、共通の言語
でコミュニケーションすること。

ただ、そこで介護福祉士の役割
の一つは、「利用者・家族の代
弁者」でいることです。
多くの専門職が理解できる言葉、
根拠を持った言葉が持てるかです。

その為には、介護福祉士は広く
て深い領域の知識を持っていな
ければなりません。

それを視覚化したものが下記の
フレームワークです。

これも内容を更新して6回目
となります。これからも変わって
行くでしょう。
ただし変わるのは手段としての
技術であって、本質は変わらな
いと思います。

これからも現場からの思索は続きます。

では今日はこれまで。
フレームワーク6
[ 2014/11/24 13:50 ] 介護論 | TB(0) | CM(6)

「寄り添う」という言葉とは

 介護職になってよく聞く言葉の一つに

「寄り添う」

この言葉があります。


 この言葉、実に使い勝手の良い言葉です。

だけど、「寄り添う」という意味を

どれだけ考えた上で使ってるのでしょうか?


果たして「寄り添う」とはなんなのだろう?


実に便利な言葉ですが、その便利さゆえに

安易に使ってはいないでしょうか?

「寄り添う」という時、プロとしてどこか

向き合うことを避けたり、必要なケアを

怠っていたことはないでしょうか?


果たして「寄り添う」とは、その人の何に寄り添っているのでしょうか?

私たちが「何をし、何をしないこと」が

寄り添うということになるのでしょうか?

「寄り添う」・・・実に難しい行為です。


寄り添うとは単に体に寄り添うことでしょうか?

体を支えることでしょうか?

気持ちに寄り添うことでしょうか?

気持ちに寄り添うとはどういうことでしょうか?


「寄り添う」とは支えることでなく、そっと横にいて

存在を感じる距離感を言うのではないのでしょうか。

すぐ手が差し伸べられるところにいる。

でも今は傍にいるだけ。

余計なことはせず、ニュートラルな状態でいる。

そういう安心感を感じてもらうことが


「寄り添う」


そういうことではないでしょうか?



だから「寄り添う」とはかなり高度な介護技術だと思うのです。


簡単には口に出せない言葉です。




今日はこれまで。
[ 2014/04/12 19:12 ] 介護論 | TB(0) | CM(0)

介護職の多職種連携とは

医療職やリハ職からの多職種連携を耳にしるようになってきたように思えますが、
果たして介護職全般はそれに応えられるでしょうか?

介護職は生活を直接支える専門職です。なので他の職種につなげる役目があると思います。

この「つなげる役目」をどれだけ円滑に果たしているでしょうか?

他の職種の領域を知らないと共通言語で意思疎通出来ませんし、ご利用者の代弁も叶いません。

厳しい言い方になるかもしれませが・・・介護職は圧倒的に勉強が足りてないのではないでしょうか?

他の職種が認めるだけの理論と技術でもって、根拠のある仕事が出来ているでしょうか?

これから10年後のことを思うと・・・危機感が押し寄せます。

だから現場からの情報発信が必要だと思うのです。

そして私が言っていることが当たり前のスタンダードな介護になって欲しいです。

「ウエッティさん、何当たり前のこと言っているんですか?」と言われる日を待ち望んでいます。

そのためにも小さく叫んでいるのです。

今朝はこれまで。
[ 2014/02/26 07:30 ] 介護論 | TB(0) | CM(0)

介護職は役割のひとつは「判断」すること

 先日、在宅現場での介護的アプローチの考察を行いました。

 立ち上がり介助の負担軽減をテーマに助言する機会を頂きお邪魔したのです。

 そこで感じたことは・・・勉強します。もっともっとm(_ _)m

 いかに介護技術を磨こうとも魔法使いのように問題解決とはいきません。

 提案できる介助方法があっても、家族の介護力がないと実現不可能であったりします。

 そういうことを目の当たりにすると・・・その生活環境に合わせた地道な生活改善。

 (たとえば、日中できる体操であるとか、ヘルパーさんへの介助技術勉強会の提案くらい)

 そういった助言しかできない自分の無力感があるのは確かです。


 まだまだ勉強しなけばいけない!としみじみ思う日々です。

 

 とは言うものの自分は「現場の人間」だと再確認しました。


 やっぱり「現場」にでると血が騒ぎます。

 はやく介護事業立ち上げたいです。


 さて、本題に入りましょう。



新しい職場でミーティングが白熱します。
プロフェッショナリズムが化学反応している様が眩しいです。

 昨日もスタッフのひとりである臨床宗教師に学びました。

 以下はその会話から考えたことです。

 介護職は「判断」できる知識と技術、そして教養が必要なのではないか?

 それは医療的なことであれば医・看と共通言語で情報を伝えるスキルもその一つだろう。

 そして、看取りなどの現場で医師の言葉が必要だと判断することもあると思う。

 そこで、医療だけでなく精神的なケアが必要なこと、介護職では手が余ることもあるだろう。

 そういう時「臨床宗教師」などのスピリチュアルや宗教的ケアが必要だと「判断」する。

 そういう判断力が必要なのではないかと思ったのです。

 この「判断力」には先に挙げた 知識・技術・教養 ではないでしょうか。

 介護職が医療をするわけでもスピリチュアルの深いところのケアをする必要なないのです。

 でもその判断をするためには、基本的な医学知識や心理学、死生学などを「教養」として

 知っておく必要があるのではないでしょうか?

 だから介護職には広い見識が必要なのだろうと思います。

 それは「生活を支える専門職」だからです。

 ただ、生活を支えるためには介護職が主導して行う業務があります。それは深く学ばなければいけないでしょう。

 介護技術(移乗・拘縮予防・褥瘡予防・姿勢保持・食事・排泄・入浴・認知症対応など)は介護職から

 他職種に働きかける必要があると思います。

 それでこそ「生活ケアの専門職」と言えるのではないでしょうか。



 ならば何を学ばねばならないか・・・これから提案していきたいです。

 知ることで不安が解消され自信を持って仕事ができることもあるでしょうから。



 では今日はこれまで。
[ 2014/01/25 10:18 ] 介護論 | TB(0) | CM(0)





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